Ancient Moon Forge 古代の月の炉

龍の物語

Dragon of the Iron Sea 鉄の海の龍

世界の果て、太陽も月も届かぬ深海の底に、鉄の海が広がっているという。溶けた鉄が海のように満ちあふれ、波を立て、満ち引きを繰り返すその場所は、常人には決して到達できない異界である。その海の最深部に、龍王・鉄鱗(てつりん)は太古の昔から眠り続けていた。彼の体は純粋な鉄で出来た鱗に覆われており、一枚一枚が剣よりも硬く、鏡よりも滑らかだった。その鱗の一枚が、千年に一度だけ、海面に浮かび上がると言われていた。

その伝説を信じて鉄の海を目指した者は数多くいたが、帰還した者は一人もいなかった。ところが、古代月の炉の始祖・黒鍛(くろきた)は違った。彼は刀を打つのではなく、龍と対話するために旅立ったのだ。三年の修行の後、黒鍛は鉄の海の入り口を見つけた。海の底へと続く洞窟の前で彼は槌を置き、手ぶらで歩みを進めた。武器ではなく、誠意だけを携えて。

「海の深さは心の深さ。龍の怒りは、恐れではなく、誠実さによってのみ和らげられる。」

— 黒鍛の旅日記より

鉄の海の底で、黒鍛は眠る龍王と出会った。鉄鱗は片目を開け、何百年ぶりかに訪問者の気配を感じた。黒鍛は土下座せず、逃げもせず、龍王の目を正面から見つめた。そして言った。「私は刀鍛冶です。あなたの鱗の一枚を、世界で最も優れた刀に変えたい。それは武器ではなく、あなたの存在の証となるものです」と。龍王は長い沈黙の後、笑うように煙を吐いた。千年の孤独の中で、誠実な言葉を語りかけた者は初めてだった。

鉄鱗は自らの左肩から鱗を一枚剥がし、黒鍛に渡した。その鱗は黒鍛の掌の上で冷え、固まり、深い藍色の光を放つ鉄の板となった。帰路、黒鍛は三日三晩かけてその鉄を鍛えた。龍の体温が残る鉄は、普通の鉄とは異なる性質を持っていた。打てば打つほど、海の青さが増し、刃には波のような模様が浮かび上がった。完成した刀を見て、見守っていた弟子たちは言葉を失った。その刃は、見る角度によって深海の青にも星空の黒にも見えた。

鉄鱗の刀はその後、何世代にもわたって伝えられた。持つ者は必ず、夢の中で鉄の海を見たという。龍王が今も眠る深海の記憶が、刀を通して語り継がれているのだ。古代月の炉では今も、その刀の製法を「龍鱗技法」と呼んで守り続けている。深海の鉄のように重く、しかし波のように柔軟な刀。それは龍と人間が交わした、言葉なき約束の形である。

桜の刀鍛冶 — The Sakura Swordsmith