奈良の山奥の小さな集落に、花見月(はなみづき)という名の鍛冶師が住んでいた。彼女の工房は、古い桜の木の根元に建てられており、一年のうち桜が咲く七日間だけ、炉に火が入った。他の季節は炉は冷え、工房は静まり返り、花見月自身も山に入って瞑想を続けた。村人たちは彼女を「一年に七日しか働かない怠け者」と笑ったが、七日間で彼女が打つ一振りの刀は、他の鍛冶師が一年かけて作る百振りにも優ると評判だった。
花見月が桜の季節にしか打たない理由には、深い哲学があった。桜の花びらは、火の中に舞い込むとき、一瞬だけ金色に輝いてから灰になる。その一瞬の光を、彼女は刃の中に封じ込めようとしていた。炉の炎に溶ける花びら一枚一枚が、刃に魂を与えると彼女は信じていた。「美しいものは、消える瞬間に最も輝く。刃もそうあるべきだ」というのが彼女の口癖だった。槌を振るうたびに、風が花びらを運び、それが炉の中に落ちるタイミングに合わせて、彼女は鋼を打った。
「散る花びらは知っている—美しさとは儚さの中にある。私の刃は、その一瞬を永遠に保存しようとする試みだ。」
— 花見月、弟子への教え
ある年の桜の季節、都から名高い武将が花見月の工房を訪れた。彼は長年愛用した刀が折れたことを嘆いており、新しい刀を注文したいと申し出た。花見月は彼を見つめ、静かに言った。「私の刀は予約制ではありません。桜が咲いたとき、私の炉が選んだ人のために打たれます」。武将は怒り、金を積もうとしたが、花見月は首を横に振るだけだった。やがて桜が満開になった最初の日、花見月の炉は自然に火が入り、槌の音が山に響いた。七日後、武将が再び工房を訪れると、一振りの刀が彼を待っていた。
その刀は、刃の側面に桜吹雪に似た乱れ刃文を持っていた。満開の桜を夜空に見上げるような、幻想的な模様だった。武将は刀を手に取り、涙した。「これは刀ではなく、春そのものだ」と彼は言った。花見月は微笑んだ。「桜は散るからこそ美しい。その刀も、使われてこそ完成します。恐れずに、しかし大切に使ってください」。武将はその刀を生涯手放さず、死の床でも枕元に置いたという。後の世に「桜丸」と名付けられたその刀は、古代月の炉の家宝として今も大切に保管されている。